ヒナラン属の品種改良と将来の展望
 
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  以下の文章は、私が所属する東京山草会の会誌「やまくさ」61号(2010年発行)に掲載されたものです。本文と直接関係のない部分は、省略してあります。なお、個人名が記載されているところは、イニシャルに置き換えてあります。


ヒナラン属の品種改良と将来の展望

 

  昨年は岩千鳥のことを書かせてもらいましたが、今回は沖縄千鳥も含めた、改良の進んでいるヒナラン属についてです。


  沖縄千鳥は、14,5年前、東京山草会の先輩が経営されていた園芸店で、「あけもどろ」の実生を数本入手したのが最初の出会いでした。実生を寄せ植えにした中には、白花も多数含まれており、「あけもどろ」の実生からは白花も数多く出現するということでした。

  その後、退会されたU氏が収集していた名品なども数点譲り受け、本格的に沖縄千鳥の実生を始めました。しかし、私はラン・ユリ部会などには所属してなく、特によいものは高価で買えなかったので、岩千鳥同様、数少ない親を基にF1から作ってきました。

  沖縄千鳥の場合は、播種のタイミングを間違えなければかなり発芽するのですが、時期を失すると全く出ないことも良くあります。5,6年前までは少し加温して、2月頃、雪割草よりも早く咲かせていました。そのほうが、授粉から播種までが、雪割草と交互に能率よくできたからです。当時は、沖縄千鳥も雪割草もかなりの数を播種していました。

  現在は、全く加温せずに自然のままにしているので、3月の後半から雪割草と入れ違いに咲いてきます。播種の時期が、岩千鳥や羽蝶蘭の開花と重なってしまうのですが、最近は、沖縄千鳥や雪割草はあまり数多く播種しないので、なんとかやりくりしています。加温すると電気代がかかるのと、狭いスペースで温度を入れるため、湿度の調整が難しく病気が出やすいからです。また、岩千鳥がメインになってきたということもあります。

  初心者は、色や斑紋などの目立つ部分に目が行きがちですが、改良の基本は形です。形の良い親さえ作ってしまえば、色や斑紋などはあとでどうにでもなるのです。これはもちろん岩千鳥や羽蝶蘭などでも同様です。岩千鳥では細弁の斑紋花なども比較的人気があるようですが、私は、形の良くない花には一切興味がありません。特に際立って優れた特徴でもない限り、形の悪い花を残すことはありません。羽蝶蘭で豆千代と言われているタイプも同様です。

  このような点で「あけもどろ」系は、品種改良の親としては使いにくいものでした。形の良い花と繰り返し交配しても、見るべき花はほとんど出ませんでした。今ではすべてが自分で作出した花なので、いろいろなタイプの親のいいとこどりです。「あけもどろ」系の血も、どこかで良いほうに作用しているかもしれません。

  もともとの親として一番素晴らしい素質を持っていたのは、U氏が作っていた「円覚」でした。この花は岩千鳥の「大河」同様に、中裂片が発達した、羽蝶蘭の「仁王」タイプと同じ形状の花を生み出す素質を多分に含んだ花で、初めて「円覚」を見たときに、この蘭の未来の姿を垣間見ることができました。

  大輪花の親としては「国頭の誉」があります。ほかにも名前の付いた花は多数あるのですが、品種改良のベースとしては、この二つだけで、ほぼ十分だと思います。

  しかし、羽蝶蘭などと比べると沖縄千鳥はバラエティーに乏しく、現在まで私の棚では、劇的に進化したと言えるような花は見られません。やはり、もっといろいろな血の遠いタイプを導入しなければ、と思ってはいるのですが、花の時期は、選別や交配だけでなく、羽蝶蘭や岩千鳥などの植え込みで忙しく、どこへも見に行く時間がありません。

  
  岩千鳥で、最初に親として使った花には「大仁王」「大河」「女峰」「瀞遊蝶」という登録花と、無名の大輪整形花があります。この大輪整形花は「大仁王」系として入手したもので、「大仁王」よりかなり良い花でした。おそらく「大仁王」とほかの何かの実生品だと思います。

  これらは、12,3年前まで毎年神奈川で岩千鳥展を開催していた、関西の業者さんから入手したものです。当時は、1994年に羽蝶蘭に「仁王」の形の紅一点が作出されたこともあり、関東では羽蝶蘭全盛でした。岩千鳥は羽蝶蘭の陰に隠れたマイナーな存在で、それほど高価なものではありませんでした、

  そのほか(寿光×女峰)のF1として入手した花(見かけはほぼ並み花)は、沖縄千鳥の「あけもどろ」系と同じ所で購入したもので、1本600円で3本買ったのを覚えています。

  イワチドリ愛好会に入ったころ、遠方の会員向けにやっていた通販で入手した「熊野日輪」が、長い間紅一点の血として唯一のものでした。「月輪」というぼかし花も同様です。いずれも親はすぐに枯らしてしまったのですが、その血を受け継いだ子孫が細々と生き残っていました。

  栃木の羽蝶蘭の専門店では「貴婦人」という白紫点花を入手したのですが、これは純白花だと思って買って明るいところでよく見たら、ごく薄い紫点が入っていたのでした。

  これらが、最初にF1の親になったすべてです。当時は一回子孫を残しただけで、ほとんど枯らしていました。

  その頃神奈川では、業者さんの展示会が行われていた影響もあり、地元の愛好会の岩千鳥展も2か所で開催されていました。関西から岩千鳥専門の業者さんが即売品を持って来たこともあり、やっと「大仁王」系の紅一点や、ピンク一点、純白なども入手できるようになって、いろいろな交配が可能になりました。21世紀になって数年たってからのことです。

  岩千鳥では「大仁王」という花の系統が有名ですが、これは、羽蝶蘭の「仁王」系のように中裂片が極めて大きく発達した花とは、名前が似ているだけで根本的に異なるものです。球根が大きくなればかなり良い花を咲かせることもあるのですが、「大仁王」だけでは、羽蝶蘭の「仁王」系のような花の親にはなりえません。しかし、良い花を生み出す親としての能力は非常に高く、「大仁王」の血が入っていることが、岩千鳥の品種改良の基本になるといっても過言ではありません。

  私のところでも、前記の「大仁王」系の無銘の大輪整形化に(貴婦人×大河)の花粉をかけたF1のなかから、「仁王」タイプの圧倒的に形の良い花が多数出現しており、これらが多くの花の親になりました。

  (寿光×女峰)の子孫からも良い花が出現しています。しかし、「寿光」という花は写真でしか見たことがないのですが、この交配からは、「寿光」系の欠点として言われている、花茎が倒れる、舌にヨレや反りが出る、などの花が非常に多く出現し、また、舌がきちんと開かずに、中裂片の端のほうを中心に、黄色っぽくなった花が数多く見受けられます。このような欠点が修正できれば、親としての能力は期待できると思います。

  私は、一つの親を基にした交配は決して行わないので、(寿光×女峰)の系統も、絶対に同系統の花とは交配しないようにして、これらの欠点を徹底的に排除しなくてはならないと思っております。

  「大河」という花は、かなり(おそらく25年くらい)前に、関西の山草店のカタログで初めて見たものです。登録花としてイワチドリ愛好会の会誌に掲載されている「大河」は、本芸をしていないものと思われますが、最初に見た写真は中裂片が大きく広がり、ものすごい迫力でした。それから10年くらい後に「大河」を見つけた時には、小躍りして喜んだものですが、実際には小輪で、セルフ以外ではなかなか特徴が出ずに、いろいろな交配を繰り返したものでした。

  「女峰」は、あまり特徴はないのですが形の良い花です。「女峰」の血が、「寿光」の欠点を抑えるのに、多少は役に立っているのではないかと思っています。

  「瀞遊蝶」は言わずと知れた獅子咲きの親です。紅一点の獅子咲きは2002年に始めて咲いたのですが、当時は紅一点の良花を持ってなかったので、現在のような形にするまでかなり苦労をしました。岩千鳥の場合は、側顎片が安房千鳥やクロカミランなどのように、ほぼ水平に開くので、獅子咲きになった場合も水平か微妙に上向くくらいが、一番正常で美しい形だと思います。、

  獅子咲きや三蝶咲きなどは、一般には奇花と言われていますが、私は、側顎片や側花弁がそれぞれ突然変異をして形を変えただけの、整形花だと思っています。子宝咲きなどは明らかな奇花、あるいは奇形花だと思います。

  奇花と言われている花のなかに「熊野獅子」という花があります。この花は子房も花粉もなく、実生はできないようですが、このような花は挿し芽によって増やすことができます。花茎をカットして消毒し、クリーンベンチのなかでビンの培地に挿しておくだけで、かなりの確率でむかごのようなものが発生し、球根だけで増やすよりも、はるかに能率よく増殖できます。ホルモン剤は特に必要ありません。このことを、「メリクロン」と言っている人もいるようですが、ただの「挿し芽」です。「メリクロン」の意味を根本的に理解していないのだと思います。一般的に、奇花などで種の採れない系統の花は、普通より球根などで栄養体繁殖しやすい傾向があるようです。

  「貴婦人」は、良く見たら薄い点が入っていてがっかりした記憶しかありません。この花が、「大河」などと交配したことで、良い花を生み出すうえで役に立ったのかどうかは、定かではありません。しかし、この花の血の入った子孫からこの上ない秀花が生まれていることも、まぎれもない事実です。

  また、数多く実生をすると、無地の親からも時々斑入りなどの葉芸品が生まれます。ヨードなどの薬品やガンマー線などを使わなくても、比較的たくさん出現します。葉芸品も、多くのものがメンデルの法則に従った安定した劣勢遺伝をするので、単子葉植物の覆輪などの実生で遺伝しない斑でなければ、普通に播種して大量に増やすことができます。

  縞などの場合は、主に細胞質遺伝として母胎からのみ遺伝します。この場合は不安定なものが多く、無地になったり幽霊になったりすることがよくあるのですが、一部は覆輪などの周縁キメラとして安定します。私は花が第一なので、並み花の斑入りなどは全く興味がないのですが、素晴らしい花で斑が入ればそれもまた良いものです。時間の問題で、斑入りもはほとんどすべて、花の良いものだけが残るようになると思います。

  現時点では、岩千鳥は沖縄千鳥よりはるかに多彩な遺伝子を持っていると思います。そう遠くない将来、羽蝶蘭と肩を並べるくらいのバラエティーに富んだ花が、多数出現するかもしれません。

                        天地不仁
掲載写真
沖縄千鳥 円覚タイプ 岩千鳥 岩千鳥 岩千鳥
 
   
沖縄千鳥 岩千鳥 岩千鳥
 大仁王系大輪整形花×(貴婦人×大河)
     

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