岩千鳥 舞い降りた妖精たち
 
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  以下の文章は、私が所属する東京山草会の会誌「やまくさ」60号(2009年発行)に掲載されたものです。本文と直接関係のない部分は、省略してあります。なお、現在は日本岩千鳥愛好会は退会しております。


岩千鳥 舞い降りた妖精たち

 

  私は20数年前より、東京山草会のほかに、関西の日本岩千鳥愛好会にも所属しており、長年、羽蝶蘭を中心に、いろいろな植物の品種改良に取り組んできました。とくに最近5,6年は岩千鳥をメインに実生を行い、さまざまなタイプの花を作出してきました。
 
  無菌培養は、すでに東京山草会入会以前よりかなり行っており、岩千鳥も10数年前から播種していましたが、東京周辺では岩千鳥の銘花を見る機会はほとんどなく、入手できた数少ない親を基に自分で作るしかありませんでした。最初のころは、やっと見つけてきた岩千鳥を、種をつけては枯らしの連続でしたが、最近になって、やっとまともに育てられるようになってきました。

  いまだ羽蝶蘭と比べると、はるかに栽培人口も少ないと思われますし、また同じヒナラン属の沖縄千鳥の場合は、ラン・ユリ部会のほうで大量に増殖されているため、東京山草会では多くの方が栽培されていると思いますが、私はこの岩千鳥の可憐な美しさに魅せられ、もっと多くの人に岩千鳥の魅力を知ってもらいたく、この原稿を書かせてもらいました。
 
  無菌培養では、羽蝶蘭や沖縄千鳥などは、実生、増殖は極めて容易であり成長もはやいのですが、岩千鳥はやや気難しいところがあり成長もやや遅く、鉢では、水を好む割には倒れるものが多く、作りにくい面もあります。花数も少ないので実生による増殖率も悪く、開花までの期間も、羽蝶蘭より1年余分にかかる場合が多いようです。
 
  本場の関西のほうでは、多くの愛好家が、水を張ったトレイで腰水栽培をおこなっているようですが、これは主に有機物をほとんどいれず、水持ちのあまり良くない用土に植えて、たえず一定の水分を鉢底から供給できるようにしたもので、倒れやすいということを考えれば、理にかなったものであるともいえます。肥料も水に溶かして底面から吸わせているようです。
 
  しかし、私の場合は置き場所もあまりなく、すべてビニールポットに植えて隙間なくびっしりと置いているため、腰水栽培は不可能で、屋根の上ということもあり、少しでも軽くするため、鹿沼土の小粒に水苔の粉を3割程度混ぜたもので植えています。鹿沼土は細粒ではなく5mm程度の小粒のほうが良いと思います。ビン出しの球根も同じ用土で植えます。貴重なものは、表面だけ水苔を入れない小粒をかけています。特に小さな球根は細粒をかけます。表面1cm位は、水苔などの有機物は入れないほうが安全です。富士砂や焼赤玉などでもかまいません。
 
  水やりも、一鉢ずつ葉などにかからないようにするのが理想的なのだと思いますが、私の場合は時間的に不可能なので、お構いなしに頭からシャワーをかけています。特に問題はありません。この程度で倒れるような性質の弱いものは、増殖しなくてもよいと思っています。しかしとくに貴重なものは、袴をピンセットでとってしまえば、倒れることはほとんどありません。
 
  狭いスペースでも、岩千鳥は小さいので、羽蝶蘭よりはるかに数多く置くことができます。岩千鳥は水を好むので、毎日水をやらなくてはならないと思っている方も多いようですが、実際には羽蝶蘭同様に、根が伸びるまではたっぷり水をやり、根が十分に伸びたら水は控えめにしたほうが球根はよくできます。肥料はほとんど必要ありません。私は、4000倍以上に薄めた肥料を生育期間中3,4回かけるだけです。用土の中には肥料は一切いれません。どちらかといえば岩千鳥のほうが、羽蝶蘭よりも水は多め、肥料は少なめにします。水をやらない日は、時々葉に霧をかけます。この場合、ごく薄くした葉面散布肥料や活力剤などを、スプレーでかける場合もあります。どちらの場合も、球根がよくできない最大の原因は水のやりすぎです。
 
  以前、広島在住の草友、あかちょうちん氏が、ある掲示板に「イワは、光と風と水で育てるのです」と書かれていたことがありましたが、まさにこの言葉こそ、岩千鳥の栽培法を一言で端的に言い表していると思います。
 
  関東周辺では、羽蝶蘭を扱う山草店は圧倒的に多いのですが、岩千鳥はまだマイナーな存在であり、現在でも、岩千鳥の銘花を目にすることはほとんどありません。最近では一部の山草店などで、いろいろな岩千鳥を入手できるようになってきましたが、羽蝶蘭の開花が始まると、先に咲いた岩千鳥のほうは、関心がなくなってしまう人も多いようです。改良の進んだ羽蝶蘭と比べて見劣りするのは、現時点ではもっともだと思います。
 
  実は私も、和歌山など本場の岩千鳥展は一度も訪れた事がありません。おもに、神奈川などの展示会で入手できた数少ない親を基に、無菌培養により改良を重ねてきました。最近は、岩千鳥専門の業者の球根も通販で少し購入し、交配することで、一層バラエティーに富んだ花が多数開花するようになってきました。
 
  羽蝶蘭では、長年にわたって、多くの業者や熱心なマニアの人たちが改良を進めてきましたが、岩千鳥では、まだやっと本格的になりつつあるという段階です。しかし最近では改良を重ねるにつれ、どんどん羽蝶蘭に似てきてしまったようです。というよりも、品種改良である以上、そのような方向へ進まざるを得ないのです。もともと、岩千鳥や沖縄千鳥などでも、羽蝶蘭の仁王タイプのような中裂片の発達した形状の花が存在したのですが、私は最初から、そのような花型のみを目標にして改良を続けてきました。時間の問題で、ほとんどの岩千鳥がそうなってくるということは、羽蝶蘭を作っていた人たちなら、だれにでも自明の理でした。現実にも、すでに2009年には、羽蝶蘭の業者から、中裂片の発達した岩千鳥の紅一点が、安価に大量に販売されていました。獅子咲きの紅一点なども、何年も前から、関東地方の山草店の店頭に普通に並べられていたようです。
 
  もちろん、昔ながらの素朴で可憐な岩千鳥が好きな方も数多くいることと思いますが、決してそれを否定するものではありません。しかし、より美しい花を目指す人たちにとって、羽蝶蘭の歩んできた道が、将来の岩千鳥の姿を暗示する一つの羅針盤となるはずです。岩千鳥は、羽蝶蘭の進化の過程を目の当たりにしてきた人たちの手によって、大きな変貌を遂げることになるでしょう。
 
  現在ではまだ、改良の進んだ多彩な羽蝶蘭と比べると発展途上の岩千鳥ですが、それだけに多くの改良の余地が残されており、将来が楽しみな蘭であると思います。実際に岩千鳥は、羽蝶蘭と遜色ないくらいに、バラエティーに富んだ花を生み出せるような遺伝子を、潜在的に持っていると思っています。
 
  より美しいものを見たい、というのは私たち人間に生まれつき備わった本能であると思います。渓谷のアイドル、可憐な妖精「岩千鳥」は、今まさに優雅なドレスを身にまとい、より美しく変わろうとしているのです。


                        天地不仁

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